大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成3年(オ)1038号 判決

上告人

中山久雄

中山勢津子

右両名訴訟代理人弁護士

宮竹良文

被上告人

山田一夫

右訴訟代理人弁護士

桑城秀樹

被上告人

梶博之

右訴訟代理人弁護士

井上洋一

渡部雄策

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被上告人らは各自、上告人中山久雄に対し二四四六万三三五三円、上告人中山勢津子に対し二三二八万三九五三円及び右各金員に対する昭和六三年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  上告人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟の総費用はこれを五分し、その一を上告人らの、その余を被上告人らの負担とする。

理由

一  上告代理人宮竹良文の上告理由一の1ないし3について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二  同一の4について

1  原審の適法に確定した事実によれば、上告人らの子である中山直美は昭和六三年八月一一日被上告人梶運転の自動車に同乗中、被上告人山田運転の自動車との衝突事故により傷害を受けて同日死亡し、直美の相続人である上告人らは、被上告人梶が締結した自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)に適用される保険約款中の搭乗者傷害条項(以下「本件条項」という。)に基づき、本件保険契約の相手方である保険会社から死亡保険金一〇〇〇万円を受領した。

本件訴訟は、上告人らが直美の相続人として、自動車損害賠償保障法三条の規定に基づき被上告人らに対し直美の死亡により被った損害の賠償を請求するものであるところ、原審は、上告人らが直美の死亡により被った損害額は上告人久雄が二四四六万三三五三円、同勢津子が二三二八万三九五三円であるとした上、本件条項に基づき上告人らが受領した前記死亡保険金一〇〇〇万円は右損害をてん補するものであるとし、被上告人らは連帯して上告人らに対し、右損害額から五〇〇万円ずつを控除した額である上告人久雄につき一九四六万三三五三円、同勢津子につき一八二八万三九五三円及び右各金員に対する不法行為の日である昭和六三年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があると判断した。

2  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

原審の適法に確定した事実によれば、(1) 本件保険契約は、被上告人梶運転の前記自動車を被保険自動車とし、保険契約者(同被上告人)が被保険自動車の使用等に起因して法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補するとともに、保険会社が本件条項に基づく死亡保険金として一〇〇〇万円を給付することを内容とするものであるが、(2) 本件保険契約の細目を定めた保険約款によれば、本件条項は、被保険自動車に搭乗中の者を被保険者とし、被保険者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然の外来の事故によって傷害を受け、その直接の結果として事故発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、保険会社は被保険者の相続人に対して前記死亡保険金の全額を支払う旨を定め、また、保険会社は、右保険金を支払った場合でも、被保険者の相続人が第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得しない旨の定めがある、というのである。

このような本件条項に基づく死亡保険金は、被保険者が被った損害をてん補する性質を有するものではないというべきである。けだし、本件条項は、保険契約者及びその家族、知人等が被保険自動車に搭乗する機会が多いことにかんがみ、右の搭乗者又はその相続人に定額の保険金を給付することによって、これらの者を保護しようとするものと解するのが相当だからである。そうすると、本件条項に基づく死亡保険金を右被保険者の相続人である上告人らの損害額から控除することはできないというべきである。

以上によれば、上告人らの被った損害額から前記死亡保険金を控除すべきものとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定したところによれば、上告人らの損害は上告人久雄につき二四四六万三三五三円、同勢津子につき二三二八万三九五三円であるというのであるから、被上告人らは、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者として、直美の相続人である上告人らに対し、連帯して右各金員及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年八月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

よって、原判決を主文第一項のとおり変更することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一)

上告代理人宮竹良文の上告理由

一 本件交通事故によって死亡した被害者中山直美(昭和四三年五月一三日生)は、事故当時(昭和六三年八月一一日)二〇歳であったが、かかる女子の死亡事故により生じた損害額の判断において、原判決は、次に述べるように、法令(民法七〇九条、同七一〇条、同七一一条など)の解釈適用を誤り、もしくは理由不備・齟齬の違法があり、上告人らの請求を排斥した部分の破棄を免れない。

1 逸失利益について

(一) 上告人らは、原審主張のとおり、逸失利益の現在額につき、昭和六三年賃金センサス第一巻第一表、企業規模計、産業計、女子労働者、旧大・新大卒、二〇歳〜二四歳による年収額金二四二万七五〇〇円を基礎収入とし、生活費として三〇%を控除し、新ホフマン係数によって中間利息を控除して算出し、金三七三三万三八八一円{2,427,500×(23.8322-1.8614)×(1-0.3)=37,333,881}と算定した。この方が原判決認定の逸失利益額金三三三六万七九〇七円より多額になり、被害者保護に資するということになる。この点において、原判決認容額は低額にすぎ、法令(民法七〇九条、同四一六条)の解釈適用を誤ったものと解される。

(二) 原判決は、昭和六三年賃金センサス企業規模計、産業計、高専・短大卒、全年齢平均の年収額金二七九万九三〇〇円を基礎収入とし、生活費控除率を三割として、中間利息控除方式はライプニッツ方式をとり、逸失利益の現在額を金三三三六万七九〇七円{2,799,300×(17.9810-0.9523)×(1-0.3)=33,367,907}としている。

しかしながら、中間利息控除方式としてライプニッツ方式をとり、高専・短大卒全年齢平均の年収額を基礎収入とする考え方をとっても、就労可能年数は二〇歳から六七歳であるので、そのライプニッツ係数は17.9810であって、さらにそこから0.9523を減ずる理由はなく、現在額は金三五二三万三九四九円{2,799,300×17.9810×(1-0.3)=35,233,949}となる。この点において、原判決は法令(民法七〇九条、同四一六条)の解釈適用を誤ったか、もしくは理由不備・齟齬の違法をおかしているのである。

2 慰謝料について

(一) 原判決は、上告人ら各自の慰謝料額を金五〇〇万円宛と判断し、合計慰謝料は金一〇〇〇万円と判断している。

(二) 原審が適法に認定しているとおり、被害者中山直美は、大阪芸術大学音楽教育科二年生であり、健康で、大学卒業後教職につきたい希望をもっていたのである。さらにいえば、同人は事故当時満二〇歳で、前途有望な独身女性であった。上告人らにとっても一人娘であり、同人の将来に多大の期待をもっていたことが容易く認められる。かつまた、本件事故は加害者である被上告人らの行為により惹起され、被害者中山直美に落ち度は全く無い事案である。

(三) ところで、慰謝料は裁判所の裁量により公平の観念に従い諸般の事情を総合的に斟酌して定めるべきものであることが最高裁判所の判例(最高裁判所昭和五二年三月一五日第三小法廷)であるが、前記事情から勘案して、原判決の認容額は極めて低額であり、右判例に反することは勿論、この点において法令(民法七〇九条、同七一〇条、同七一一条、同四一六条)の解釈適用を誤ったというほかはない。

3 葬祭費について

(一) 原判決の認容額は金一〇〇万円であるが、原審が適法に認定したところによると、上告人中山久雄は葬祭関係費として金一二六万〇一五三円、仏壇購入費用として金一八八万円、墓碑建立費として金四〇五万八七五〇円、以上合計金七一九万八九〇三円の支出をしている。

(二) 本件事故と相当因果関係にある損害が認容されるとする一般論は是認されるとしても、出捐額の多募も認定の資料となることは当然であって、上告人らの原審の主張のとおり、少なくとも金二五〇万円は本件事故と相当因果関係にある損害として認められるべきである。この点において、原判決の認容額は低額にすぎ、法令(民法七〇九条、同四一六条)の解釈適用を誤ったものといわなければならない。

4 搭乗者保険について(損益相殺)

(一) 原判決は、本件事故により搭乗者保険金として上告人らに支払われた金一〇〇〇万円は被害者中山直美の損害の一部に填補されるべきものであるとしている。

(二) しかし、自動車保険約款の搭乗者傷害条項によれは、搭乗者傷害保険は、自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者を被保険者とし、その受傷(死亡を含む)に対して定額の保険金を支払うものであり、しかも、右保険金については保険代位(商法六二二条)が否定されているのであって、自動車の所有、使用等により被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補する性質のものとは解されない。従って、損益相殺は否定されるべきものである。この点において、原判決は法令(民法七〇九条、同四一六条)の解釈適用を誤った違法がある。

(三) もっとも、慰謝料の算定資料として搭乗者保険金の受領を斟酌すべきであるとする見解も考えられるが、被害者保護の観点から否定されるべきものと思料する。

仮に、右搭乗者保険金の受領が慰謝料の算定において斟酌されるとしても、本件の場合、右保険料を支払っていたのは被上告人梶博之であるので、右梶博之の負担する慰謝料から減額されるのであって、共同不法行為者の一方である被上告人山田一夫の負担すべき慰謝料額は減額されず影響を及ぼさない。この場合、被上告人らの損害賠償義務は不等額の連帯債務となる。

二 以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の解釈適用の誤りがあり、もしくは理由不備・齟齬の違法があるので、上告人ら敗訴部分の破棄は免れないところ、本件事件は損害賠償額が争点であるので、御庁において自判されたい。

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